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マウスピース型矯正治療のトラブル

近年、マウスピースによる歯の移動が盛んに行われるようになりました。某メーカーのマウスピース型矯正装置などは、1回印象を採るだけで、治療完了までのマウスピースが製作できます。

矯正治療とは、上下の歯の咬合をきちんと創り上げる医療です。
マウスピース型矯正治療では、マウスピースを装着しないと歯は動きませんが、装着していると咬合時でもマウスピースの厚みの2倍以上開口していることになります。
つまり、矯正用のマウスピースは「噛み合わせの治療を行っているのに、食事時以外は歯が咬んでいない」という矛盾を孕んだ装置だということです。
以下、この矛盾に起因すると思われる状態を呈した患者さんの例をご紹介します。

トラブル例:マウスピース矯正中だが、奥歯が噛み合わない状態が1年以上続いている

  • 32歳2カ月、女性
  • 初診:2016年11月25日
  • 主訴:両側臼歯部の開咬合
  • 萌出歯:萌出歯
  • 現症:咬合は中切歯、側切歯、犬歯のみ。小臼歯、大臼歯の開咬合を呈していた。左顎関節に開口時疼痛を認めた
  • 既往歴:銀座の歯科医院にて、某メーカーのマウスピースを用いた矯正治療を2年間受けた
咬合は中切歯、側切歯、犬歯のみ。小臼歯、大臼歯の開咬合を呈していた。左顎関節に開口時疼痛を認めた

経緯

この患者さんは、銀座の歯科医院で叢生歯列弓の改善を目的として、某メーカーのマウスピースを用いた矯正治療を開始しました。開始後1年くらいたったころから、臼歯が咬まなくなって食事に支障を来すようになり、顎関節痛を発症しました。主治医に相談すると、「治療の最後までいけば咬むようになるから」と説明されました。

治療開始2年後に再度相談すると、臼歯部を切断したマウスピースの装着を指示されました。その際「臼歯部を切断したマウスピースを装着したら、最初にコンピューターでシミュレーションして作った治療結果にならないのでは?」と疑問を呈したところ、明確な回答が得られず不信感を抱いき、セカンドオピニオンを求め当院へ来院されました。

以下、医療雑誌向けに掲載した文面で、一般的には難しい説明となりますが、治療方針や治療内容を詳しく説明した症例ですので掲載します。同じような症状でお困りの方は、ぜひご相談ください。わかりやすくご説明いたします。

初診時(2016年11月25日)


1顔面口腔内写真
32歳2カ月。臼歯犬歯関係はややII 級。
Overj et 3. 5㎜、Overbite 3.0mm。両側第1小臼歯より遠心が開咬合。


2側面セファログラム
上顎前歯の舌側傾斜、下顎前歯の唇側傾斜を認める。
臼歯部の補綴物により臼歯の開咬合は確認できない。


3口腔内X線写真
上顎両側第1大臼歯が近心傾斜している。

前医で受け取った資料(2014年3月)


4顔面口腔内写真
採得時年齢29歳6カ月。I級の咬頭嵌合、下顎前歯部に叢生を認める。右側第1小臼歯交差咬合。


5側面セファログラム


6口腔内X線写真


7前医での治療開始前(青)と当院初診時(黒)の側面セファログラムの重ね合わせ
上顎前歯が挺出しながら口蓋側に傾斜移動している。しかしながら上下額の前歯の圧下が十分でないため、
下顎骨が時計方向に回転し臼歯部が開咬合となった。下顎前歯は唇側傾斜している。

診断・治療方針

患者さんが持参した前医治療前の側方セファログラム(青)と当院初診時のそれ(黒)を重ね合わせた(7)ところ、上顎前歯がやや挺出しながら口蓋側に傾斜移動していることが分かった。口蓋側移動のためのスペースは、臼歯歯列弓の拡大によって得られている(当院初診時の上顎大臼歯小臼歯が近心に移動しているように重ね合わされているのは、上顎臼歯幅径が拡大されたことを示している)。

しかしながら、上下顎の前歯の圧下が十分なされていないため、下顎骨が時計回りに回転し臼歯部が開咬合となっている。下顎前歯は唇側傾斜している。模型がないため写真から推測すると、幅径は上顎第1大臼歯中心窩で約3㎜拡大されていた。以上のことから、治療前の状態に戻せば臼歯部開咬合は改善できると考えた。

上下顎にマルチブラケット装置を装着し、上顎前歯に十分クラウンラビアルトルクをかけながら唇側傾斜させ、下顎骨を反時計回りに回転させて本来の下顎骨の位置に戻し、臼歯部の開咬合を改善することとした。

治療経過

.018″×.025″ スタンダードエッジワイズ装置を装着し、ラウンドワイヤーを用いてレベリングを3カ月間行った後、 上下顎第2大臼歯にバンドを装着しレベリングを行った。その後、上下顎アイディアルアーチを装着し、仕上げを5カ月間行った。アップアンドダウンエラスティックを5カ月間使用した。

治療結果

臼歯部開咬合は改善されている。治療前後の重ね合わせ(11)を見ると、上顎前歯歯冠はやや圧下されながら唇側に移動している。歯根は口蓋側に移動している。それに伴い下顎下縁平面は反時計回りに回転し、臼歯部開咬合が改善している。臼歯部歯軸はアップライトされ、幅径は本来の幅に縮小されている。

考察

マウスピース矯正が孕む「咬合を治療しているのに装置を装着していると歯が咬まない」という矛盾に起因すると思われる1症例を供覧してきた。この1症例特有の現象かもしれないため、「マウスピース矯正で臼歯部開咬合が生じることがある」との仮説を一般化することはできない。

そこでこの仮説の根拠を少しだけ増すためにもう1症例供覧する。患者さんは36歳0カ月の女性で、下顎右側側切歯先天欠如(12)。上顎両側第1小臼歯と下顎左側第1小臼歯を抜歯し、某メーカーのマウスピースで矯正治療を開始。治療開始後1年11カ月後、臼歯部開咬合の状態(13)になったためマルチブラケット装置を装着し(14)、咬合を確立した(15)。口腔内写真だけの供覧ではあるが、これで複数の症例報告ケースシリーズとなった。

最新のシステマティックレビュー(1)の全体的な結論によれば、わずかな水平方向の歯の動きを除いて、ほとんどの歯の動きはマウスピース矯正では予測できないこと、マウスピース矯正をエッジワイズ装置と比較すると、上下顎前歯の傾斜は臨床的に許容される結果をもたらすかもしれないこと、ほとんど全ての症例で追加の修正が必要になることが挙げられている。

今回示した症例は、最初の主治医の医院で治療を完了していないため、もしこの医院で研究が行われていたとしても論文の症例に含まれることはない。しかしながら、今回示した症例で臼歯部開咬合が生じたことは事実であり、世界中でこの現象が起きていることは容易に想像できる。また、このようなある意味失敗症例が公開されることはまれである。

実際の臨床では、今回示した症例のように、咬合平面の回転を伴いながら下顎下縁平面が時計回りに変化することはよく経験する。まれではあるが、下顎下縁平面が反時計方向に回転することもある。下顎が時計回りに回転すれば臼歯のII級関係は強くなる。反対に回転すればII級がI級に近づく(2)。

しかしながら、某メーカーのマウスピース矯正でシミュレーションを行って治療計画を立てる際、上下顎の対向関係は変化しない。下顎の回転など生体で起こり得る変化も治療計画には反映されない。将来的にはそれらを加味したより高度なシミュレーションができる診断ソフトが供給されるかもしれないが、現在はまだない。

マウスピース矯正を選択する際は、治療後に臼歯部開咬合が生じる可能性を認識し、それを患者さんに伝え、それが生じた時の解決策を用意した上で治療を開始する必要がある。

動的治療終了時(2017年11月29日)


8顔面口腔内写真
33歳2カ月。動的治療期間10.5カ月。臼歯部開咬合は改善、右側は歯のサイズの不調和のためⅡ級気味。
保定装置は上顎ベッグタイプリテーナー、下顎フィックスドリテーナー。


9側面セファログラム


10口腔内X線写真
上顎第1大臼歯の近心傾斜は改善された。


11治療前後の側面セファログラムの重ね合わせ
上顎前歯歯冠は圧下されながら唇側に移動している。歯根は口蓋側に移動している。
それに伴い下顎骨は反時計回りに回転し、臼歯部開咬合が改善している。
臼歯部歯軸はアップライトされ、幅径は本来の幅に縮小されている。

参考症例


12初診時口腔内


13臼歯部開咬合の口腔内


14マルチブラケット装着時


15動的治療終了時

[参考文献]
(1) Lindsay Robertson : Effectiveness of clear aligner therapy for orthodontic treatment : A systematic review.Orthodontics and Craniofacial Research,Advance access: https://doi.org/10.1111/ocr.12353
(2) 与五沢文夫:Edgewise System Vol. 1,クインテッセンス出版,2001年,p171.

この症例の治療期間:1年
通院回数:月1回程度の通院
抜歯部位:なし
標準的な費用の目安:80~100万円(税別)
※別途、初診相談料5千円、検査診断料5万円

【副作用・リスク】
歯を動かす際に歯根吸収や歯肉退縮が起こる場合があります
矯正治療中は歯磨きしにくい部分ができるためむし歯や歯周病になるリスクが高くなります。
矯正治療は基本的に保険適用外となります。
外科手術を伴う顎変形症や厚生労働大臣が定める先天性疾患に起因する咬合異常の場合は保険適用となります。

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