ひとりでは生きられないのも芸のうち

shapeimage_2.png

ほんとうに月日の経つのが早い。もう2月の7日である。前回のブログは1月26日、遠い昔のようであるが2週間は経っていないのか。そういえば翌日の27日は相模原市歯科医師会野球部最強ジークスのボーリング大会で優勝(2年連続2回目に優勝)をした。Wiiでのイメージトレーニングが奏功したようである。歯科医師会の発表を終え、余裕ができ多と勘違いしたので、モノグラフの原稿に手をつけたがその後、F先生より不幸の電話がは入り仕事が一つ増えた。A松先生、原稿落ちたらごめんなさい。同窓会の発送もあるし、広報の仕事もあるし結局余裕があると思ったのが勘違いであった事だけは確信できた。そんな中、日本嬌声鹿学会の選挙だそうだ。患者さんのための専門医認定制度をより良くするために活動している身としては参加せざるおえない。

そんな中、タイトルの本を手に入れ、忙しい忙しいといいながら、ぐぐふふふと読んでいる。忙しくなくても読むのであるが大切なのは忙しい忙しいと言いながら読むことである。



社会人になるということを単純に「金を稼ぐ」ということだと思っている人間は長期にわたって労働を続けることはできない。そんな基本的な事を私たちは久しく忘れてきたのである。


いいこというなーー


「ビートルズとストーンズとどっちが好き?」と問われたときは「デイヴ・クラーク・ファイヴ」と答えるのがナイアガラーの骨法であると大瀧詠一師匠はおっしゃていたのでその風儀に従うのである。


ごもっとも


言語の現実変成能力がどれほど強大なものか、それをほとんどの日本人は理解していない。とりわけ言語についての理解の遅れた人々が現代日本の「国語」を宰領している。私がメディアからの寄稿依頼を断り、それに倍する量の文字をブログに書きつけているのは、ここには「使用語彙の制限」がないからである。


わたしも内田先生のブログを読みながらしょっちゅう辞書をひく。


私は忙しい忙しいと呪文のように唱えながら、これらのようなフレーズをよみ溜飲を下げているのである。


今必要なのは、「自分の下に流れ込んだリソース(財貨であれ権力であれ情報であれ文化資本であれ)を次のプロセスに流す」という「パッサー」の機能がすべての人間の本務であるという人類学的「常識」をもう一度確認することである


この文章を読んでハタと気がついた。私がなぜ日本嬌声鹿学会の専門医制度に対して強い嫌悪感を抱くのか?

その制度が次の世代にリソースを流す事をとめているからである。だって専門医の申請資格をとるのに12年間かかるんだよ。技術の習得に時間はかかりますが12年は長すぎ、5年で十分です。ハイ。だいたい12年間どうやって暮らすの?その12年間に治療される患者さんは気持ち的にどーなんでしょう。もしくは12年間立派な先生の監督下で働かなくてはいけないのでしょうか?医科の専門医制度だってこんなに長い年限のものはない。彼らはリソースをパスするつもりはないらしい。

このブログ記事について

このページは、星歯科矯正が2008年2月 8日 13:09に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「おせん」です。

次のブログ記事は「口腔癌検診」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。